治療と就労の両立を支援する組織文化の実証研究
公開日:2023.05.23
はじめに
2019年に行われた内閣府世論調査では、18歳以上の57.4%が、がん治療と仕事の両立が困難と考えている。その理由として、体力的な困難さが23.5%、代わりに仕事をする人がいない、またはいても頼みにくいと答えた人が20.9%、職場が休むことを許してくれるかどうかわからないと答えた人が19.1%となっている(産経新聞2019年10月8日)。体力的な困難さは、他のメンバーからの支援や体力低下に合わせて仕事の内容や時間が調整可能であればある程度克服可能であろう。後の二つは仕事と治療の両立の困難さの原因が職場にあることを明示的に表わしている。つまり、仕事と治療の両立は、職場がカギであることをこのデータは示唆していると考えられる。
また、錦戸(2018)によれば、中小企業の特徴として、両立支援のガイドラインに対する興味や関心が薄いとしても、なんでも話せる家族的な職場風土が構築されていれば、病気の社員に対してできるだけの配慮を行っている企業も少なくないことを指摘している。さらに錦戸(2018)は、治療と就労の両立支援を進めていく上では、メンタルヘルスの視点が必要であると主張する。なぜなら、がんをはじめとする重い病気の診断を受けたときの精神的動揺、思うように回復しないときの気持ちの落ち込みや焦り、職場に迷惑をかけてしまうことへの肩身の狭さなどから、治療に専念するという大義名分もあり、退職の道を選んでしまう人が少なくない。つまり、従業員が治療と仕事を両立できるようにするためには、制度だけではなく、従業員の不安感を軽減するような職場の関係構築が重要であると考えられる(北居 2022)。
そこでわれわれは、治療と就労の両立を支援あるいは阻害する職場とは、どのような特徴を持っているのかについて、調査を試みた。具体的には、治療と就労の両立を支援する組織文化について、先行研究と事例をもとに、尺度作成に取り組んだ。組織文化とは組織メンバーによって共有・支持されている価値観や信念、行動規範のことを指す。したがって、治療と就労の両立を支援する組織文化とは、病気治療を必要とするメンバーが就業継続意思を表明でき、かつそれが尊重され、就業継続が可能となるような職場の価値観や信念、行動規範と定義できよう。
先行研究その1~家庭と仕事の両立支援文化尺度~
しかし、治療と就労の両立を支援する組織文化尺度については、先行研究が見当たらなかった。そこで、家庭と仕事の両立支援文化に関する先行研究について検討することにした。検討の結果、家庭と仕事の両立を支援する組織文化について、代表的な尺度4つを見いだすことができた。
①Thompson et al.(1999)の両立支援文化尺度
最も研究が多かったのは、Thompson et al.(1999)の両立支援文化尺度を使った研究であった。彼らは、両立支援的組織文化を「従業員の仕事と家庭の統合を組織が支持し、価値を置く程度に関して、従業員が共有する基本的仮定・信念・価値(p.392)」と定義している。彼らは、家庭と仕事の両立を支援する組織文化の構成要素として、次の3つをあげている。
- 組織が従業員に仕事を優先させる時間(例 『従業員は、夜中や週末に仕事を家で行なうことをしばしば期待される』)
- キャリアへの影響(例 『この組織では、フレックスタイムを利用する従業員は、しない従業員よりも昇進できない』)
- 従業員の家族に対する責任についての管理職の支援および感受性(例 『一般的に、この組織の管理職は、家族に関する従業員の求めに対しかなり寛容である』)
②Campbell Clark(2001)の両立支援文化尺度
Campbell Clark(2001)は、時間的柔軟性、仕事の柔軟性、上司の支援の程度をからなる13項目からなる両立支援文化の測定尺度を開発している。
- 時間的柔軟性(例 『好きな時間に出勤・退勤できる』)
- 仕事の柔軟性(例 『仕事で何をするかは、自分で決めることができる』)
- 上司の支援(例 『上司は私の家庭の事情に理解を示してくれる』)
③Allen(2001)の家族支援的職場環境尺度
Allen(2001)は、家族支援的職場環境(Family Supportive Organization Perceptions: FSOP)の程度を測定する14項目からなる尺度を開発した。この尺度は、仕事以外のプライベートな問題を職場に持ち込めるか否かに関する項目から構成されている。項目例は、「この会社で昇進する方法は、仕事以外のことを職場に持ち込まないことである」などである。
④Sahibzada et al.(2005)の両立支援文化尺度
Sahibzada et al.(2005)は、8項目からなる両立支援文化尺度を開発した。この尺度は、仕事と家庭のどちらかを選択せざるをえない職場なのか、あるいは両立を支援する職場なのかを尋ねる項目からなっている。項目例は、「私の職場では、社員は仕事を進めるか、家庭や私生活に関心を向けるか、どちらかを選ばなければならない」である。
上記4つ以外にも、家庭と仕事の両立支援文化の尺度は存在するが、具体的な質問項目を入手できたのはこの4尺度であった。また、他の尺度が測定している特徴もこれら4つの尺度とほぼ重複しているため、家庭と仕事の両立支援文化の特徴は、上記4尺度を検討することで、ほぼ網羅できると考えられる。
先行研究その2~我が国の治療と就労の両立支援研究~
次に、わが国で行なわれた治療と就労の両立支援に関する先行研究から、特に組織文化に関連がある記述を抽出した。検討したのは以下の11研究である(表1)。
田中・田中(2012) | 他者に任せることができることは任せる 体力に合わせて仕事量に減らす 仕事にかける時間配分を変える 体力に合わせて治療合間に仕事を続ける 仕事上の役割について上司に相談する |
---|---|
和田・稲吉(2013) | 上司や経営者の理解がある 同僚との関係が良好である 仕事時間を自由に調整できる 仕事内容を調整できる |
橋爪他(2018) | 治療と仕事が両立できるよう、仕事の量や内容を調整できる がんになっても、今まで通り普通に接してくれる 職場の人が最優先に考えてくれる 誰でも言えば手伝ってくれる 勇気づけてくれる言葉をかけてくれる |
八巻(2018) | がんにかかった場合、上司や周りの人に相談できる がんなどの重い病気にかかることが、キャリアに影響しない |
遠藤(2019) | がんに罹患した場合の業務内容が明確に定められている 「事例性」に基づいた対応ができている |
﨑山・錦戸(2019) | 支援担当者の就業時間や作業負担軽減等に配慮し対応している |
須賀他(2019) | がんになっても仕事を続けたいという意思表示ができる |
森岡他(2019) | 一人一人の事情にあった支援が受けられる |
向・森岡(2020) | 同僚や上司の理解や支援が得られる
がん患者が働くことに対する偏見がない |
廣川他(2020) | 同僚や上司が、インフォーマルなサポートをしてくれる がん治療をしながら働く「私の働き方」のカスタマイズができる |
小林他(2021) | がんになったとき、職場の中にすぐに相談できる上司・同僚がいる 通院や治療のために仕事を休むことで、職場に迷惑がかかる(R) |
※(R)は、両立を阻害する特徴を表す
上の表を見ると、治療と就労を支援する職場の特徴は、先に検討した家庭と仕事の両立支援文化の特徴とよく似ている。たとえば、がんなどの重い病気にかかることがキャリアに影響しない、同僚や上司の理解や支援が得られる、仕事時間を自由に調整できるなどである。また、治療と就労の両立支援に独特の特徴としては、がん患者が働くことに偏見がないという、病気に対する見方、考え方をあげることができる。
治療と就労の両立支援文化の質問項目
以上の先行研究を検討した上で、われわれは治療と就労の両立を支援する組織文化の測定尺度を作成した(表2)。
表2 治療と就労の両立支援文化の測定尺度
支援 | 管理職は、従業員が病気の治療を優先せざるを得ない状況になった場合、理解を示してくれる。 |
---|---|
管理職は、仕事が私生活や健康に与える影響を本当に心配してくれている | |
この会社は、健康上の理由で、より負担の少ない仕事に転職することを希望する従業員を支援してくれる | |
この会社では、病気の治療のために勤務中に職場を離れることは非常に困難である(R)。 | |
管理職は、病気の治療などの仕事に影響するような個人的な問題について、相談に乗ってくれる | |
柔軟性 | 個人の事情に合わせて仕事をある程度カスタマイズできる |
病気の治療や病気による体力低下に合わせて、仕事の軽減や配置換えが可能である | |
病気の治療や病気による体力低下に合わせて、出勤時間や退社時間を調整(在宅勤務も含む)することができる | |
本人に働き続ける意欲があれば、仕事量や仕事時間を調整することができる | |
本人に働き続ける意欲があれば、本人の事情に合わせた働き方を選択できる | |
キャリアへの影響 | 病気治療のために休暇を取ったり早退すると、自分の評価に深刻な打撃を与える(R)。 |
この会社で昇進する方法は、仕事以外のことを職場に持ち込まないことである(R)。 | |
病気の治療のために休むなど、個人的な事情を優先することは社内で嫌われる(R)。 | |
通院など個人的な問題のために休みを取る人は、仕事に専念していないとみなされる(R)。 | |
通院などの必要性から仕事上の便宜をはかってもらおうとする人は、評価が低くなる(R)。 | |
時間要求 | 従業員は、夜間や週末に仕事を持ち帰ることがよくある(R)。 |
私生活や健康よりも仕事を優先することが常態化している(R)。 | |
上司から好意的に見られるためには、従業員は常に仕事を最優先しなければならない(R)。 | |
長時間労働は出世の道であると思われている(R)。 | |
病気への偏見 | この会社では、病気になった人が仕事を続けることは、周囲に迷惑をかけると思われている(R)。 |
この会社では、病気にかかる人はどんな病気であろうと「自業自得」だと思われている(R)。 | |
この会社では、病気治療しながら働き続けることは、会社に迷惑をかけることだと思われている(R)。 |
※Rは、両立を阻害すると考えられる項目
支援の次元は、会社や管理職が従業員の病気の治療の必要性を理解し、治療と仕事を両立させるために支援をしてくれる程度を表している。柔軟性の次元は、治療しながら仕事を継続できるよう、従業員自らが仕事の内容や時間を調整できる程度を表す。キャリアへの影響は、治療のために仕事を休んだり、仕事よりも治療を優先させることが評価に悪い影響を与える程度を表す。時間要求は、仕事を最優先して時間を投入しなければならない程度を表す。最後の病気への偏見は、病気にかかるのは本人の責任であり、それにもかかわらず働き続けようとすることは会社に対して不利益をもたらすという考え方が浸透している程度を表している。それぞれの項目について、回答者に自分の職場に当てはまる程度を「全く違う(1点)」から「全くその通り(5点)」の5点尺度で尋ねることにする。
実証研究
①因子分析の結果
われわれが作成した測定尺度の妥当性を確認するため、実証研究を行った。2022年12月にインターネット調査会社を通じ、全国から600サンプルを抽出した。調査対象は、一般企業に勤務する正社員である(男性300名、女性300名)。まず、両立支援組織文化項目について因子分析を行い、項目の潜在構造を検討することにした(表3)。
表3 因子分析の結果
因子 | ||
---|---|---|
1 | 2 | |
病気の治療のために休むなど、個人的な事情を優先することは社内で嫌われる | 0.798 | -0.125 |
通院などの必要性から仕事上の便宜をはかってもらおうとする人は、評価が低くなる | 0.787 | 0.025 |
病気治療のために休暇を取ったり早退すると、自分の評価に深刻な打撃を与える | 0.784 | 0.024 |
通院など個人的な問題のために休みを取る人は、仕事に専念していないとみなされる | 0.783 | -0.031 |
この会社では、病気治療しながら働き続けることは、会社に迷惑をかけることだと思われている | 0.767 | -0.062 |
この会社では、病気にかかる人はどんな病気であろうと「自業自得」だと思われている | 0.754 | -0.074 |
この会社では、病気になった人が仕事を続けることは、周囲に迷惑をかけると思われている | 0.694 | 0.013 |
私生活や健康よりも仕事を優先することが常態化している | 0.691 | -0.011 |
長時間労働は出世の道であると思われている | 0.686 | 0.078 |
この会社で昇進する方法は、仕事以外のことを職場に持ち込まないことである | 0.653 | 0.192 |
この会社では、病気の治療のために勤務中に職場を離れることは非常に困難である | 0.643 | -0.100 |
上司から好意的に見られるためには、従業員は常に仕事を最優先しなければならない | 0.627 | 0.027 |
従業員は、夜間や週末に仕事を持ち帰ることがよくある | 0.529 | 0.059 |
個人の事情に合わせて仕事をある程度カスタマイズできる | 0.074 | 0.769 |
働き続ける意欲があれば、仕事量や仕事時間を調整することができる | 0.044 | 0.759 |
働き続ける意欲があれば、本人の事情に合わせた働き方を選択できる | -0.010 | 0.744 |
この会社は、健康上の理由で、より負担の少ない仕事に転職することを希望する従業員を支援してくれる | 0.025 | 0.738 |
病気の治療や病気による体力低下に合わせて、出勤時間や退社時間を調整(在宅勤務も含む)することができる | 0.085 | 0.737 |
病気の治療や病気による体力低下に合わせて、仕事の軽減や配置換えが可能である | -0.010 | 0.737 |
管理職は、仕事が私生活や健康に与える影響を本当に心配してくれている | -0.015 | 0.715 |
管理職は、病気の治療などの仕事に影響するような個人的な問題について、相談に乗ってくれる | -0.031 | 0.681 |
管理職は、従業員が病気の治療を優先せざるを得ない状況になった場合、理解を示してくれる | -0.071 | 0.678 |
因子分析の結果、固有値が1を超える因子は2つ抽出され、それぞれの値は第1因子が8.549、第2因子が3.818であった(累積寄与率は56.2%)。第1因子に高く負荷した項目を見ると、キャリアへの影響、時間要求、病気への偏見次元の項目が集まっていることがわかる。これらはすべて両立支援を阻害する組織文化の特徴として考えられた項目であることから、第1因子を阻害文化因子と名づけることができるだろう。第2因子には、支援と柔軟性次元の項目が集まっている。これらは両立支援を促進する組織文化の特徴として考えられた項目であるため、第2因子を促進文化因子と名づけることにする。
第1因子と第2因子それぞれに高く負荷した項目の平均値を、それぞれの文化の測定値として分析を進める。
②企業規模と組織文化の関係
まず、回答者が所属する企業の規模と組織文化の関係について見ることにする。
図1 企業規模と組織文化の関係
図1を見ると、促進文化は規模が大きくなるほど値が大きくなる傾向が見られた。この規模と組織文化の関係は、統計的にも有意であった。一方の阻害文化は、規模との関係は見られなかった。規模が大きな会社ほど、従業員は自分たちの職場が治療と就労の両立に対して支援的であると見なす傾向があるようである。
③回帰分析の結果
次に、両立支援文化がどのような要因によって促進されるのか、またどのような影響をもたらすのかについて、回帰分析を用いて分析することにしよう。まず、両立支援文化に対する影響因として、両立支援制度の充実度、そして直属上司のインクルーシブ・リーダーシップの程度を取り上げた。
両立支援制度の充実度は、以下の両立支援制度それぞれについて、会社には「ない」あるいは「しらない」場合は0点、「ある」あるいは「利用したことがある」場合は1点とし、その合計点で測定した。われわれは、両立支援制度が充実しているほど、従業員は自分たちの職場が両立支援に対して促進的であると認識するのではないかと予想する。
表4 分析に用いた両立支援制度
治療と仕事の両立支援に関する相談窓口がある |
長期療養が必要な病気になった場合、配置転換などの柔軟な働き方ができる制度がある |
1時間単位の休暇や長期の休暇が取れるなど、柔軟な休暇制度がある |
時差出勤制度がある |
1日の所定労働時間を短縮する制度がある |
週又は月の所定労働時間を短縮する制度がある |
在宅勤務(テレワークを含む)制度がある |
試し(ならい)出勤制度がある |
傷病休暇・病気休暇(賃金補償あり)制度がある |
傷病休暇・病気休暇(賃金補償なし)制度がある |
インクルーシブ・リーダーシップとは、松下他(2022)によれば、フォロワーとの相互作用において開放性やアクセスのしやすさ、可用性を示すリーダーシップ行動であるとされている。松下(2022)によれば、インクルーシブ・リーダーシップは、従業員がリスクテーキング行動をとる際の援助要請に関わる心理的なコストを軽減するとされている。われわれは、インクルーシブ・リーダーシップによって従業員が病気であることや就労継続について上司に相談する上での心理的コストを下げる効果があると考えた。また、インクルーシブなリーダーは、多様性の価値を認識し、従業員一人ひとりの貢献を認めて帰属意識を高めると言われている。したがって、上司がインクルーシブ・リーダーシップを発揮している場合、病気に対する偏見は小さくなり、仕事一辺倒の部下のみが高く評価されることはなくなるのではないかと推測できる。その結果、インクルーシブ・リーダーシップは、両立支援を促進する文化を醸成し、阻害文化を弱める効果があるのではないかと考えられる。
また、両立支援文化が促進的であればあるほど、従業員は病気になっても仕事を続けられると感じるだろう。また、そのような組織に対して高い愛着を感じると思われる。同時に、そのような組織では体調がすぐれない場合に上司に相談できるため、悪い体調をおして働くいわゆるプレゼンティーイズムが弱められると考えられる。一方、両立支援を阻害する文化の下では、従業員は病気になったら相談する前に退職することを考えると思われる。そのような文化を持つ組織に対する愛着心は低下するだろう。また、そのような文化の下では、自分の体調がすぐれないことを相談することは難しく、また長時間労働が奨励されるために無理をして働く従業員が増えると考えられる。その結果、プレゼンティーイズムは悪化することが予想される。
以上の仮説について図示すると、図2のようになる。なお、図中の実線は正の効果、点線は負の効果を表している。
図2 仮説モデル
上記のモデルを検証するために、回帰分析を行った。なお、インクルーシブ・リーダーシップの測定には、Carmeli, Reiter-Palmon and Ziv(2010)の 9 項目を和訳したものを用いた。就業継続困難感は、オリジナルで作成した1項目「もしがんなどの重い病気にかかったら、この会社を辞めなければならないだろう」を用いた。プレゼンティーイズムの測定には、SPQ東大一項目版(https://spq.ifi.u-tokyo.ac.jp/)を用いた。組織コミットメントは、Porter et al.(1974)から6問を抜粋して用いた。
分析結果は図3の通りである(1)。
(1)回帰分析を行うに当たり、仮説モデル以外の影響を可能な限り取り除くために、企業規模、性別、養育している子供の有無、管理職か否か、週当たり労働時間を統制変数として用いた。統制変数の影響は小さく、また図が複雑で見にくくなるため、図からは省略している。
図が見にくくなるため、回帰係数は省略してある。R2の値は、それぞれの変数についてどの程度説明されているかを示す決定係数である。たとえば、促進文化は両立支援制度とインクルーシブ・リーダーシップおよび統制変数によって、約39%が説明できていることを表す。
この結果を見ると、促進文化からプレゼンティーイズムに与える影響以外は、仮説モデルで設定した影響関係が実際に確かめられた。さらに、インクルーシブ・リーダーシップは、両立支援文化の醸成だけでなく、組織コミットメントの向上および就業継続の困難感とプレゼンティーイズムの軽減に対する直接効果が見られた。両立支援制度の充実度も、両立支援文化の醸成とともに、組織コミットメントを向上させる直接効果が見られた。
おわりに
治療と就労の両立支援を促進する組織の文化的な特徴について、これまでは測定する尺度が開発されることはなかった。この研究では、この未開拓の領域に対し、家庭と仕事の両立支援文化の研究と我が国における治療と就労の両立支援研究の検討を通して、測定尺度の開発に取り組んだ。その結果、治療と就労の両立支援を促進する文化と阻害する文化の2因子が抽出された。また、これらの組織文化の先行変数ならびに従属変数との関係も、ほぼ仮説を支持する結果となり、測定尺度に一定の妥当性があることが確かめられた。
本研究が持つ含意については、以下のような内容をあげることができるだろう。第一に、妥当性を持った尺度が開発されたことで、今後治療と就労の両立支援研究ならびに実践の場において、この尺度が広く使われることが期待できる。その結果、両立支援を促進あるいは阻害する様々な要因を明らかにしたり、あるいは職場における両立支援文化の醸成度を評価することも可能になるだろう。第二に、両立支援制度の充実はもちろん重要だが、職場文化の醸成も、両立支援のためには重要であることが指摘できよう。このことは、先行研究においても指摘されていたが、今回定量研究においても改めて再確認することができた。第三に、両立支援文化の醸成のためには、制度の充実も重要だが、上司のインクルーシブ・リーダーシップの発揮が効果的であることが示唆された。部下一人ひとりの貢献を認め、気軽に相談に応じるインクルーシブ・リーダーシップは、病気の相談という高い心理的コストを軽減し、病気であっても組織に貢献できるという自信を部下に持たせることができると考えられる。その結果、両立支援文化を醸成すると同時に、コミットメントの向上などの効果をもたらすと考えられる。今後は管理職研修などを通じて、インクルーシブ・リーダーシップを効果的に育成することが必要であり、またそのための方法について研究が進められるべきであろう。特に、両立支援制度の充実度を高めるのが困難な企業にとって、インクルーシブ・リーダーシップに対する理解と実践は重要な経営課題となるであろう。
また、本研究に対して残された課題としては、次のようなものがあげられる。第一に、変数間の影響関係は明らかになったものの、これが実際の因果のプロセスを表しているとは限らないことに注意が必要である。組織文化の醸成プロセスを明らかにするためには、やはり時間をかけた介入研究が必要であろう。第二に、今回のモデルで検証された両立支援文化に対する影響度は、決して大きくはない。特に、阻害文化に対しては18%の説明力しか持っていない。このことは、両立支援文化に対する影響因は、今回考慮した変数以外(例えば業種など)にも存在することを示唆している。今後は組織文化に対する影響因についても、さらなる研究が蓄積されていくことが望まれるだろう。
高齢化にともない、従業員が病気にかかるリスクは年々大きくなっていると言える。その際、貴重な労働力を失わないためにも、また病気を理由に退職を余儀なくされる従業員を少しでも減らすためにも、両立支援に関する研究はますます重要性を増している。本研究が、両立支援の促進に少しでも役立つことがあれば本望である。
参考文献
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- 遠藤源樹, 2019 『がんサバイバーシップにおける就労支援』「日本健康教育学会誌」第27巻 第1号:91-98頁。
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