両立支援コラム

職場における援助要請

公開日:2023.05.23

治療と仕事の両立が必要になった際には、その第一歩として従業員の側から組織や管理者に対して治療と仕事を両立するための配慮を求めることが起点となります。しかし、先行研究によれば経営側にも従業員側にも、働きながら治療するという考え方が必ずしも浸透しているとはいえないという調査結果が示されています(須賀・山内・和田・柳澤,2018)。また坂本・高橋(2017)では、先行研究をレビューした結果、がん患者の離職要因の 1 つとして職場からの支援の欠如を挙げ、組織側にはがんと診断された際に周囲に相談する風土づくりを、がん患者側、すなわち従業員側には、仕事治療の両立を希望する場合に、周囲に積極的に相談する姿勢を求めています。

経営学では、「治療と仕事の両立」に際して配慮を求める従業員の行動に注目する研究は未だ十分に行われていませんが、職場で従業員が支援を求める行動である「援助要請(Help seeking)の研究が蓄積されつつあります。組織において従業員が行う一般的な意味における援助要請について理解することは、治療と仕事の両立に際して従業員が配慮や支援を求める行動がもたらされるメカニズムを理解する上でも有効であることが予想されます。

そこで、このコラムでは経営学で蓄積されてきた「援助要請」という考え方についてご紹介します。援助要請とは「仕事や仕事以外で生じた問題にうまく対処するために、仕事に関連した仲間(同期や上司、部下)に対して感情的ないしは道具的な支援を要請することを伴う対人的プロセス(Bamberger 2009:51)」と定義される考え方です。ここでいう道具的な支援とは職務を遂行する上で生じる問題について支援を求めることを指します。一方感情的支援とは、人間関係や心理的健康に関する問題について支援をもとめることを指します(Bamberger 2009;松下, 2015)。
では、援助要請はどのような時にもたらされるのでしょうか。既存研究の中では、従業員が援助要請を実際にするかどうかは、コストとベネフィットを考慮した上で合理的に判断するという考え方をすることが多いようです。援助要請を行うことで、実際に問題解決が進んだり、問題解決に資するような情報や知識を得られたりすることができる場合にはベネフィットが大きいと判断されます。逆に、援助要請しても断られたり、実際に意味のある助けを得られたりする可能性が小さいと判断される場合にはベネフィットは低く見積もられるでしょう。また、援助要請を行うことで、自分が「無能だ」とか「努力が足りない」と周囲から低く評価されるリスクが大きい場合にはコストが高い、と判断されるでしょう。従業員が援助要請を行う際のベネフィットとコストを見積もった際に、ベネフィットのほうが大きいと判断されれば従業員は援助要請を行いますが、コストのほうが大きいと判断すれば援助要請を行わないということです。

これらの研究を踏まえれば、仕事と治療の両立が必要になった従業員に援助を要請してもらうためには、支援が得られそうだ、という見通しを高めること(例えば経営陣が後押ししていることや、前例があることを広く周知するなど)を行うことと同時に、援助を求めた際に生じるうるコスト(周囲からの評価が下がることのないような体制づくりや風土作り、あるいは手続きをわかりやすくしたり、簡素化したりするなど)を下げるという方法も有効そうだといえそうです(森永雄太)。

参考文献

  • Bamberger, P. (2009). Employee help-seeking: Antecedents, consequences and new insights for future research. In J. Martocchio, H. Liao and A.Joshi (eds.) Research in personnel and human resources management(Vol.28). Bingley, U.K.; Emerald.(pp.49-98).
  • 松下将章 (2015) 「従業員の援助要請に関する試論的考察」 六甲台論集経営学編 62, 27-44.
  • 坂本はと恵・高橋 都 (2017) 「がん治療を受けながら働く人々が抱える問題とその支援」 日本労働研究雑誌、682, 13-24.
  • 須賀万智・山内貴史・和田耕治・柳澤裕之 (2019)「治療と仕事の両立支援の現状と課題:労働者と経営者に対するアンケート調査」産業衛生学雑誌, 61:59–68.